核保有オフレコ報道に見る朝日・共同の問題

官邸幹部「核保有すべき」発言報道の経緯
2025年12月、官邸幹部が記者とのオフレコ懇談の場で「日本は核兵器を持つべきだ」と発言したとされる件が報じられました。
この発言は、共同通信や朝日新聞を含む複数メディアによって一斉に報道され、国内外で大きな波紋を呼びました。
報道では、発言した官邸幹部の具体的な名前が伏せられる一方で、「核保有すべき」という刺激的な表現のみが強調されました。
これにより、内容だけでなく、「オフレコ発言をどう扱ったのか」という取材姿勢そのものが政治問題となりました。
オフレコ破りはなぜ問題視されるのか
オフレコは法律に基づく制度ではなく、取材現場で形成されてきた慣行です。
「実名・詳細報道は控える代わりに、本音を聞き出す」という信義則的な約束と位置づけられます。
ここで記者側が一方的に約束を破ると、政治家や官僚は本音を話さなくなり、長期的には国民の知る権利が損なわれます。
さらに、「正義のため」と称してオフレコ破りを繰り返せば、どこからどこまでを報道すべきかという基準が、記者個人の価値観に左右される危険が高まります。
非核三原則・核武装報道と日本の国益
非核三原則は、日本が被爆国として国内外に示してきた原則です。
世論調査でも、「非核三原則の堅持」を支持する意見が多数を占めてきました。
しかし、周辺国の核戦力や安全保障環境を踏まえ、「議論そのものは避けるべきではない」という見方も政治の世界では存在します。
このようなデリケートなテーマを、単なる「暴言」や「極端な核武装論」として切り取ると、冷静な政策議論が育ちません。
さらに、日本の内部対立や発言の断片は、周辺国の宣伝材料として利用される可能性もあります。
したがって、朝日・共同を含むオールドメディアの報道姿勢は、国益と安全保障の観点からも慎重に評価されるべきだと整理できます。
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椿事件と報道ステーション批判に見るテレビ朝日の構造

椿事件と政治的公平性
椿事件は、テレビ朝日の偏向報道をめぐる議論で必ず参照される出来事です。
1993年の総選挙をめぐり、報道局幹部が「自民党に不利な番組作り」を示唆したとされ、放送法の政治的公平性が問題となりました。
この件でテレビ朝日は所管官庁から厳重注意を受け、国会でも追及されました。
「ニュース番組が政権交代を狙ってはならない」という教訓は、その後の放送倫理を考える基準になっています。
報道ステーションに向けられる偏向批判
テレビ朝日の報道番組「報道ステーション」は、長年にわたり偏向批判の対象となってきました。
キャスターのコメントやコメンテーターの顔ぶれ、VTRの作り方が、保守政権に厳しく、リベラル系に甘いと指摘されることが多くあります。
高市早苗首相に関する報道では、「高市下げ」「別の政治家上げ」というフレーミングが見られるとの批判も出ています。
こうした積み重ねにより、「オールドメディア 偏向報道 なぜ 日本のテレビ」という問いの象徴として、テレビ朝日が語られやすくなっています。
国会の議論を狭めるラベリング
参政党など新しい勢力への報道では、「陰謀論」「極端」「差別的」といったラベリングが先行するケースがあります。
政策の中身や支持層の抱える問題意識が十分に説明されないまま、「危険な存在」として処理されることもあります。
国会や選挙の場は、本来、多様な意見をぶつけ、有権者が判断材料を得る場です。
にもかかわらず、メディア側が「議論の外側」に置く枠組みを勝手に設定することは、熟議民主主義の観点から問題が大きいと位置づけられないでしょうか。
なぜこうした偏向報道は「許されない」のか

取材倫理と信義則の観点
取材倫理の観点からは、オフレコ破りや一方的なルール変更が重大な問題です。
これは単なるマナー違反ではなく、政治家や官僚との信頼関係を崩し、将来の情報公開を狭める行為だと整理できます。
信頼が失われれば、本音を引き出す場が減り、ニュースは表面的な言葉のやりとりだけになるでしょう。
結果として、国民が知るべき背景や意図が伝わらず、政治理解が浅くなるリスクが高まります。
民主主義と熟議の観点
民主主義では、多様な立場の議論が可視化され、有権者が自ら判断することが重要です。
メディアが特定の立場を「正義」とし、異なる意見をラベリングで枠外に置くと、実質的な言論の制約が生じます。
ニュースが「正しい答え」を教える授業になってしまうと、視聴者は自分で考える機会を奪われます。
元社会科教師としては、「考え方の筋道」を示し、異なる立場を比較できる材料を提供する報道こそ求められていると考えます。
国益と安全保障の観点
【表:偏向報道が国益に与えるリスク】
| 観点 | 内容 | 想定されるリスク |
|---|---|---|
| 内部議論 | 核・安保を政争化する報道 | 冷静な選択肢の検討が進まない |
| 国際的イメージ | 断片的な発言だけが海外で引用される | 日本が「一貫性のない国」と見なされる |
| 情報戦 | 内部対立が他国に利用される | 外交交渉や抑止力が弱まりやすくなる |
核武装や非核三原則、日米同盟といったテーマは、日本の安全保障と外交上の立場に直結します。
これらを政争の具やスキャンダルとして扱うと、冷静な政策の比較検討が進まず、長期的な戦略議論が育ちません。
また、日本の内部対立や一部の発言だけを切り取った報道は、周辺国の宣伝材料として使われる危険もあります。
偏向報道の問題は、国内のイデオロギー論争にとどまらず、「日本社会がどう情報戦に向き合うか」という国益の課題でもあると整理できます。
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視聴者がニュースを読み解くためのポイント

複数メディアと一次資料を組み合わせる
一つの番組や新聞だけで結論を出さないことが基本です。
新聞、テレビ、ネットメディア、SNSを組み合わせて比較することで、バランスの取れた全体像が見えやすくなります。
可能であれば、官邸や外務省の公式資料、国会議事録といった一次資料にも目を通したいところです。
授業で「教科書だけでなく資料集も見よう」と伝えてきた感覚を、ニュースにも当てはめるとよいと考えられます。
「何が報じられていないか」を意識する
ニュースを見るときは、「何が報じられているか」だけでなく、「何が報じられていないか」に注目することが重要でしょう。
扱うテーマや時間配分の差は、編集方針や価値判断をよく表します。
また、「陰謀論」「差別」「極端」といったラベル語が多用されていないかも確認すべき点。
ラベルが多いときは、中身の議論よりイメージ操作が優先されている可能性を疑うべきだと整理できます。
元教師が勧める四つの視点
元社会科教師として、ニュースを見る際には次の四点を意識することを勧めます。
- 誰が情報を発信しているか
- 何の目的で伝えているか
- どの立場から語っているか
- どの事実を選び、どの事実を外しているか
この四点を押さえるだけでも、「オールドメディア 偏向報道 なぜ 日本のテレビ」という問いへの理解は深まります。
ニュースを「信じるかどうか」ではなく、「自分で考えるための材料」として扱う姿勢が、これからの情報環境では不可欠だと考えられます。
Q&Aで振り返るオールドメディア偏向報道

Q1:オールドメディアは全部信用できないのでしょうか。
A1:事実報道や一次情報へのアクセスという点で、オールドメディアは今も重要な役割を担っています。
ただし、編集方針や価値判断が入ることを前提に、「複数メディア+一次資料」で検証する姿勢が必要でしょう。
Q2:日本のテレビだけが特別に偏向しているのですか。
A2:海外でもメディアの分断や偏向は問題になっています。
日本の場合は、電波の許認可や記者クラブ制度により、少数のオールドメディアの影響力が相対的に大きい点が特徴です。
Q3:視聴者はニュースをどう見ればよいですか。
A3:一つの番組や社の報道だけで結論を出さず、異なる立場のメディアと公式資料を組み合わせて見ることが大切でしょう。
そして、「何を報じていないか」に意識を向けることで、編集方針の偏りを自分なりに判断できます。
Q4:朝日・共同・テレビ朝日に対して、視聴者ができることはありますか。
A4:視聴態度や購読の選択、番組への意見送付などを通じて、「一方的な偏向には納得していない」という意思を示すことができます。
長期的には、そのフィードバックが報道姿勢の修正圧力として働きます。
Q5:SNSだけを見ていても大丈夫でしょうか。
A5:SNSは多様な視点と即時性が魅力ですが、誤情報や極端な言説も多く混ざります。
オールドメディアとSNSの両方を参照し、それぞれの弱点を補う見方が必要でしょう。
筆者紹介|なおじ
元社会科教師として三十五年間、小学校と中学校の教壇に立ってきました。
現在は七つのブログで、ドラマ・芸能・政治・歴史・スポーツ・旅・学びについて、制度の背景や歴史的文脈を丁寧に解説する記事を書いています。