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高市早苗首相「働いて働いて…まいります」が流行語大賞受賞!誤解された真意を解説

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目次

高市首相の発言の真意は「議員自身への覚悟」

高市首相 読書

一般国民への強制ではない

高市首相の「働いて働いて」発言は、一般国民に対して長時間労働を強いるものではありません

発言の対象は「所属議員」であり、自民党の国会議員たちに向けたものです。

「全員に馬車馬のように働いてもらう。私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます」という宣言は、政治家としての覚悟を語っています。

国内・外交で問題が山積みの中、首相と議員が時間を惜しまず全力で取り組むという決意表明です。

これを「一般労働者への働きすぎ奨励」と受け取るのは、対象を取り違えた批判です。

「シン・ワークライフバランス」の本当の意味

高市首相は「シン・ワークライフバランス」という言葉も使いました。

これは「働きながらも人を活かし自分を伸ばす」という概念です。

つまり仕事そのものに成長の意味を見出すという哲学です。

労働基準法で守られた一般労働者の「ワークライフバランス」とは、次元が異なります。

議員は法的保護がない代わりに、国民のために時間を惜しまず働く責任を負う。

その覚悟を「シン・ワークライフバランス」と表現したのです。

過労死遺族の批判への応答

過労死遺族が抗議したことは理解できます。

働きすぎで身内が自殺・自殺未遂などを起こしたなら、「真摯に対応してくれ」と思うのは当然です。

しかしその批判は、首相の発言が一般労働者を対象にしているという誤解に基づいています。

高市首相は一般企業の労働者に「働きすぎるまで働け」などと言っているのではありません。

労働基準法が適用されない議員・首相自身の覚悟を語っているのです。

元教師として、この区別を理解することは「法の支配」を理解することと同じだと考えます。

👉関連記事:高市早苗議員定数削減1割の理由と背景を元教師が解説

メディアが報じない片手落ちな報道姿勢

旧メディア 報道姿勢

法的根拠の違いを報じない問題

一部メディアは「法律を軽視」と批判しました。

しかし法的根拠の違いを報じないこと自体が、片手落ちです。

国会議員が労働基準法の適用外であることは、法律の専門家なら常識です。

にもかかわらず、この前提を説明せずに「働き方改革に逆行」と批判するのは、読者・視聴者を誤った方向に導きます。

元社会科教師として、メディアリテラシーの重要性を35年間教えてきました。

情報の受け手は、報じられない前提を自分で調べる必要があるのでしょうか。

本来なら、メディアがきちっと正しい情報を伝えるべきです。

少なくとも、両論併記で伝えるべきです。

「働き方改革に逆行」という的外れな批判

「働き方改革に逆行する」という批判も的外れです。

働き方改革関連法は、労働基準法が適用される労働者を守るための法律です。

国会議員・首相には適用されません。

高市首相が議員に「働いて働いて」と求めることは、労働基準法違反でも何でもありません。

むしろ公職者としての責任を果たす宣言です。

この区別を理解せずに批判するのは、法律の基本構造を誤解しています。

オールドメディアへの不信

興味深いことに、2025年の流行語大賞トップ10には「オールドメディア」も選ばれています。

既存メディアへの不信が高まっているのです。

高市首相の発言をめぐる報道も、その不信を裏付ける事例と言えるでしょう。

法的前提を報じず、感情的批判だけを取り上げる報道姿勢が、「オールドメディア」への不信を加速させています。

元教師が見る「責任ある立場の人間」の覚悟

拉致問題・災害対応で「時間外だから対応しません」は論外

なおじ自身の見解を述べます。

もし拉致問題で身内が北朝鮮に連れ去られたとして、首相が「今は勤務時間外だから対応しません」と言ったらどう思うでしょうか。

大地震が起きたとき、首相が「今日は休日なので出勤できません」と言ったらどう感じるでしょうか。

論外です。

首相・国会議員は、緊急事態に時間を惜しまず対応する責務があります。

それが「国民に選ばれた公職者」の意味です。

高市首相の「働いて働いて」発言は、まさにこの覚悟を示しています。

一般労働者は保護されるべき

一方で、一般労働者は労働基準法で守られるべきです。

過労死や長時間労働は絶対に防がなければなりません。

身内が働きすぎで体を壊したら、「真摯に対応してほしい」と思うのは当然です。

しかしこの二つは矛盾しません

首相・議員は全力で働く、一般国民は法律で保護される。

この区別が民主主義社会の基本構造です。

元教師として、この構造を理解することの大切さを改めて実感します。

教育現場で伝えてきた「責任」の意味

なおじは35年間、社会科教師として「責任」の意味を生徒たちに伝えてきました。

「立場によって、責任の重さは違う」と。

一般の生徒には「無理しすぎず、自分を大切に」と教えました。

しかし生徒会長やクラス委員には「みんなのために、時には自分の時間を犠牲にすることも必要」と話しました。

バスケ部顧問として15年間、キャプテンには特別な覚悟を求めました。

リーダーには、一般の部員とは違う責任があるのです。

高市首相の「働いて働いて」発言は、まさにリーダーとしての覚悟の表明です。

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