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旧敵国条項はなぜ残っている?「死文化」と「削除」の違い

日本を「敵国」とした規定が、今も国連憲章に残っています。
第二次世界大戦で連合国側と戦った日本やドイツなどを対象とする「旧敵国条項」です。

残っているのは、正式な削除の手続きが終わっていないから。

でも、死文化したのに、なぜ残るのでしょうか。

「残っているから今も使える」「死文化したから削除済み」
これ、実は どちらも違います。

この記事では、その理由を、死文化と削除の違いからひもときます。

旧敵国条項
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目次

旧敵国条項が残るのは、正式な憲章改正が終わっていないから

旧敵国条項の削除に向け、1995年の決議が示したのは、第108条に基づく憲章改正です。死文化の確認や削除への決意が示されても、それだけで文言が消えるわけではありません。

死文化の確認だけでは、条文は削除されない

1995年、国連総会は旧敵国条項が時代遅れになったと認める決議を採択しました。賛成155、反対0。中国もロシアも賛成した決議でした。

この決議は、削除に向けて第108条の手続きを始める意向も示しています。ただ、示されたのは「始める意向」まで。改正そのものが発効したわけではありません。

なおじ(筆者)が引っかかるのは、「削除へ向かうと決めた」と「削除された」が、同じことのように受け取られてしまう点です。削除への合意から、実際に文言が消えるまでには、もう一段、正式な手続きがあります。

削除には総会での採択と各国の批准が必要

削除には総会での採択

国連憲章第108条が定める改正の発効条件は、二段構えです。

  • 国連総会の構成国の3分の2が賛成し、改正を採択すること。
  • 安保理の全常任理事国を含む国連加盟国の3分の2が、それぞれの憲法上の手続きに従って批准すること。

批准とは、国が自国の手続きを経て、「この改正に拘束される」と正式に認めることです。総会での賛成と、各国による正式な受け入れ。二つの段階を通る必要があります。

しかも、全常任理事国の批准が欠かせない。なおじは、ここに改正の難しさを感じます。

なお、憲章には第109条による改正の規定もあります。旧敵国条項について1995年の決議が示したのは、第108条の手続きを始める意向です。

「死文化」と「削除」は何が違うのか

「死文化」と「削除」は何が違うのか

旧敵国条項について、外務省は、1995年の国連総会決議で既に「死文化している」とされたと説明しています。一方、削除は憲章の文言そのものを取り除くこと。この違いが、今回の話の中心です。

死文化は、単に使われていないという意味ではない

「しばらく使っていない規則」と聞けば、必要になれば引っぱり出せそうに思いませんか。

「死文化」という言葉も、そんなふうに受け取ると、「今は使っていないだけで、必要なら使える」という話になります。

けれど、旧敵国条項について示されているのは、単なる不使用とは違う説明です。

1995年の国連総会決議で示されたのは、旧敵国条項が時代遅れになったという認識。外務省の『外交青書2006』にも、既に「死文化している」とされている、と記されています。

しつこいようですが繰り返します。

「今は使っていないだけ」と「既に時代遅れになった」は、違う話です。必要になれば再び使う、という前提の説明ではないのです。

削除は、憲章から該当する文言を取り除くこと

削除が済めば、第53条・第77条・第107条から旧敵国への言及が消える。ところが現在の憲章には、その言及がまだ残っています。

だから「死文化した」と「削除された」は、言い換えになりません。

紙の上の言葉は、評価が変わっても、読む人の目にそのまま飛び込んできます。なおじには、評価と文面の食い違いが、この話をややこしくしている一番の原因に見えるのです。

旧敵国条項は、どんな時代につくられたのか

旧敵国条項

旧敵国条項は、第二次世界大戦の直後に、国連憲章へ置かれた規定です。「敵国」の基準は、今の外交関係ではなく、1945年当時の戦争での立場にあります。

出発点は第二次世界大戦後の国際秩序

国連憲章が署名されたのは1945年6月。発効は同年10月です。前文は、二度の大戦がもたらした惨禍から、将来の世代を救うと掲げています。

その一方で、第53条は、「敵国」を、第二次世界大戦中に憲章署名国の敵であった国と定めました。Jamestown Foundationの解説も、この定義を紹介しています。

つまり、これからの平和を守るための憲章に、第二次世界大戦での敵味方の区分も組み込まれたということです。未来へ向けた約束と、戦争の結果を処理するための規定。その両方が、一つの憲章に収められています。

「敵国」と聞けば、今の日本と対立している国や、日本に敵意を向ける国のことだと思いませんか。

けれど、第53条が基準にしているのは、今の関係ではなく、第二次世界大戦中の立場です。「現在、どの国と対立しているか」ではなく、「あの戦争で、憲章署名国の敵だったか」という区分になります。

社会科を長く教えてきた者として、なおじは、歴史の言葉を、その言葉が使われた時代へ戻して読みたいと思うのです。

今回なら、「敵国」を今の外交ニュースに当てはめる前に、第二次世界大戦の敵味方を指す言葉だったと押さえること。

同じ「敵」という言葉でも、指している時代が違う。そこが分かると、古い文言が現在の憲章に残っているという、この問題のややこしさも見えてきませんか。

国連が生まれた背景を、国際連盟との違いから振り返りたい方は、こちらの記事もあわせてどうぞ。

👉関連記事:国際連合はなぜできた?国際連盟との違いと残る限界

第53・77・107条は、それぞれ役割が違う

旧敵国への言及があるのは、第53・77・107条です。ただし、役割は同じではありません。

  • 第53条:地域的取極などによる強制行動には、安保理の許可が必要という原則を定めています。その例外として、第107条に基づく措置や、旧敵国の侵略政策の再開を防ぐための地域的取極に基づく措置が挙げられています。
  • 第77条:信託統治の対象となり得る地域の一つに、第二次世界大戦の結果として敵国から分離される地域を挙げています。
  • 第107条:第二次世界大戦中に憲章署名国の敵だった国について、その戦争の結果として、措置に責任を負う政府が取った、または許可した行動を、憲章は無効にしたり妨げたりしないと定めています。

国連憲章の本文、第77条、第107条を並べると、安全保障に関する規定もあれば、地域の統治に関する規定もあり、三つの条文が同じ内容ではないことが分かります。

「日本を無条件に攻撃できる条文」という説明は、第107条の役割を取り違えています。

第107条の趣旨をかみ砕けば、新しくつくられた憲章によって、第二次世界大戦に伴う処理を妨げないようにするということ。

「戦争に伴う処理を、憲章が妨げない」と「これから日本を無条件に攻撃してよい」は、違う話ですよね。

「日本を無条件に攻撃できる」と言ってしまうと、第二次世界大戦に伴う措置についての規定が、これからの日本への攻撃を自由に認める規定にすり替わってしまうのです。

削除への合意は、どこまで進んだのか

削除への合意

1995年に国連総会が、2005年に首脳会合が、削除へ向かう方向を示しました。ただし、どちらも憲章の文言を実際に変えた出来事ではありません。

1995年の総会決議で示された認識と改正への意向

1995年の総会決議50/52は、旧敵国条項が時代遅れになったと認めました。賛成155、反対0。

国連法律局の記録によれば、この決議は、第108条に基づく憲章改正の手続きを始める意向も示しています。先ほど触れた、総会での採択と各国の批准が必要な手続きです。

つまり、「古くなった」と認めるだけでなく、正式な削除へ進もうとした決議。ただし、この段階で示されたのは手続きを始める意向であり、削除そのものが完了したわけではありません。

2005年の成果文書で示された削除への決意

2005年の国連首脳会合の成果文書には、憲章から「敵国」への言及を削除する決意が盛り込まれました。国連法律局の記録にも、首脳らがこの条項の削除を決意したと記されています。

外務省の『外交青書2006』は、首脳レベルの文書として初めて削除が明確に盛り込まれた、と説明しています。当時の小泉総理も、首脳会合の演説で、旧敵国条項の削除は国際社会にとっての大義だと訴えました。

憲章の成立から削除への合意まで、誰が何をしたのかを並べると、次のようになります。

年主体出来事示されたこと
1945年憲章の署名国・批准国国連憲章への署名と、その後の発効第二次世界大戦を背景とする旧敵国への規定が置かれた
1995年国連総会決議50/52時代遅れになったとの認識と、第108条の手続きを始める意向
2005年各国首脳世界首脳会合の成果文書憲章から「敵国」への言及を削除する決意

2005年の決意表明から20年以上たっても、憲章の文言は変わっていません。

これが実情です。

2026年の今も、日本は削除を訴えています。TV朝日は2026年10月、その訴えに中国・ロシア・北朝鮮が反発したと報じました。

なおじは、この時間の長さに立ち止まります。「削除しよう」と合意することと、実際に憲章を書き換えることの隔たりは、それほど大きいのかと思うのです。

条文が残っていることを、どう受け止めるか

条文が残っている

旧敵国条項の文言は、今も国連憲章に残っています。
けれど、日本政府は、文言が残っているからといって、今も効力があるとは考えていないのです。

日本政府は、現在の効力をどう説明しているか

2025年11月、中国大使館がXで旧敵国条項に触れる発信をしたと、産経新聞が報じました。外務省は同月23日、Xで「死文化した規定がいまだ有効であるかのような発信は、国連において既に行われた判断と相いれない」と反論しています。

2026年9月24日には、木原官房長官が、1995年の総会決議で死文化の認識が示されたことを挙げ、加盟国は過去の総会決議を尊重すべきだと述べた、とロイターが伝えました。

同月29日の外務大臣会見では、茂木外務大臣が、1995年の死文化の認識を示す決議と、2005年の削除への決意を示す成果文書を挙げました。そのうえで述べたのが、次の言葉です。

したがって、いかなる国も同条項を援用する余地はないと考えております。

「援用」とは、自分の主張の根拠として持ち出すこと。つまり、日本政府は、旧敵国条項を現在の行動を正当化する根拠にはできないと説明しています。

ここまで読むと、「文言が残っている」と「今も使える」を、政府が同じ意味には扱っていないことが分かるのではないでしょうか。

憲章の第2条第4項は、武力による威嚇と武力行使を禁じる原則を掲げています。旧敵国条項だけを抜き出して読むのではなく、憲章全体の中で読む。そんな姿勢が要るのではないでしょうか。

死文化していても、削除を求める意味は残る

外交青書2004は、1995年に既に「死文化している」とされたのに、削除されないまま憲章に存在すること自体が「極めて問題」だと記しました。

死文化を前提にしながら、削除を求める。この二つは、政府の中で並んで語られてきたのです。

「使えないなら、わざわざ消さなくてもよいのでは」。そう思う気持ちも、なおじには分かります。

でも、憲章を開けば、今も「敵国」という言葉がある。それを目にすれば、「本当に今は使えないのか」と気になりますよね。

死文化したと説明することは大事です。ただ、その説明を何度も繰り返さなければならないところに、古い文言を残したままにする問題があるのではないでしょうか。

なおじは、今の効力を説明するだけでなく、文言そのものを改めるところまで進んでほしいと思うのです。

次の世代に渡したいのは、「敵国」という言葉への恐れではありません。言葉が生まれた年代、国際社会が示した認識、文章を改める手続き。その三つを分けて読む足場です。

古い言葉の前で立ち止まり、今の制度を読み解く。
社会科に携わってきた者として、そういう時間を、これからも大切にしたいと思います。

よくある質問

旧敵国条項に日本の国名は書かれていますか?

日本という国名は書かれていません。第53条の基準は、第二次世界大戦中に憲章署名国の敵であった国という立場。第107条も、同じ戦争で憲章署名国の敵だった国を対象にしています。

「旧敵国」は、現在の国際関係で敵対する国という意味ですか?

いいえ。基準は、第二次世界大戦中の立場です。今の外交関係で対立している国一般を指す言葉ではありません。

旧敵国条項を削除すると、第53・77・107条は丸ごとなくなるのですか?

2005年の成果文書が示したのは、三つの条文にある「敵国」への言及を削除する決意です。三つの条文を全て丸ごとなくすという意味ではありません。第53条には地域的取極に関する他の規定があり、第77条には信託統治の他の区分もあります。

常任理事国の批准と、安保理の拒否権は同じものですか?

同じではありません。批准は、憲章改正を各国が自国の手続きで正式に受け入れること。第108条は、全常任理事国を含む加盟国の3分の2による批准を求めています。

一方、拒否権が働くのは、安保理で手続き事項以外の決議案などを採決する場面です。常任理事国の1か国でも反対票を投じると、採択を阻むことができます。

各国による改正の受け入れと、安保理の採決での反対。全常任理事国が関わる点は共通していますが、別の手続きです。

筆者紹介|なおじ

公立小・中学校での教師経験約35年、校長経験11年。指導主事として教育現場に関わり、全国中学校社会科教育研究会元理事、元茨城県社会科研究部長として、歴史と社会の仕組みを見つめてきました。

この記事では、国連憲章と国連法律局の記録、外務省の公表資料に当たりながら、歴史の言葉と現在の制度のつながりを考えています。

現在は8つのブログで、ドラマ・芸能・政治・歴史・スポーツ・旅・学び・書評といった分野を横断しながら、「人の生き方」と「社会とのつながり」をテーマに記事を書き続けています。

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